春のお彼岸のご案内2018


 

春のお彼岸のご案内

 

今年も春のお彼岸の季節となりました。お寺のお正月は例年にない賑わいをみせ、三が日で約五千人の参詣者が訪れ、新春特別祈祷にも約五百人の方々が初祈祷を受けられました。また、昨年よりお寺でお書きしている恵比寿様のご朱印に英語表記を加えたところ、ネット上で大きな反響を呼び、お正月期間中だけでも約三百冊分のご朱印(しゅいん)をお書きしました。ご朱印をいただきに来られた方からは「こちらのお寺さんは攻めていますねー」という声を多くいただき、今年も催し物等の情報発信を多角的に行い、新たなご縁を繋いでいきたいと考えています。

 

仏教では諸行(しょぎょう)無常(むじょう)という言葉がありますが、物や言葉、環境に至るまで、ありとあらゆる事象は絶えず移り変わっていることは周知のとおりです。それらを悲しいと感じるか、有り難いと感じるかは、その時々の生き方のありように大きく影響されますが、どのような生活スタイルを形成するにしても、心の中では常に前向きな姿勢(ポジティブ思考)を忘れてはならないと感じています。もちろん、ポジティブな精神を常に継続するということは容易なことではありません。肉体面や精神面においても大きなリスクが生じることは間違いないでしょう。

 

私たちは悠久の生命の歴史と、目には見えない多くのご縁のお陰で、この世に一人の人間として生を受けることができました。これを私たちが「人生の最大の喜びである」と心にとどめて生活することができれば、脳はβ(ベータ)エンドルフィンをはじめとする快感ホルモンを分泌し、免疫力による身体の保護と回復の促進を促すことができるといわれています。

 

どのような時代にも様々な悩みや苦しみが存在しますが、逆にそういったことがあったからこそ、お釈迦さまは法華経を説かれ、日蓮大聖人はお題目を弘められたのです。世界で法華経の名は「(はす)の教え(Lotus(ロータス) Sutra(スートラ))」として知られ、多くの日蓮宗外国人僧侶が懸命な翻訳や布教(ふきょう)活動(かつどう)を行っています。現在も世界各国で多くの人々が、政治的影響による紛争や内戦、テロ攻撃や銃社会による恐怖で日夜苦しんでおり、自国の宗教では真の幸せを得ることができないと確信し始めています。彼らはそのような厳しい状況の中で翻訳された法華経を読み、多くの日本人が信仰している日蓮大聖人の教えに少しでも近づけるよう、日々信仰に励んでいます。

 

日本でのお彼岸やお盆の法要は、ともすると季節の通過儀礼のように捉えられがちですが、外国人の方々には、お寺の諸行事や、檀信徒の仏事に対する想いや行動等はとても新鮮に、美しく感じ取られています。また、そうしたことの延長上に、日本の発展や安全管理が成り立ち、小国でも世界の先進国として活躍できているということを彼らは理解しているのです。

 

春のお彼岸法要では、個々の祈りの視点をさらに広げ、世界中で悩み苦しんでいる多くの人々が幸せになれるよう、ご一緒に法華経を読み御題目をお唱えできればと思います。

春分の日のお彼岸法要にはご家族そろってお参りください。

お正月のご案内 2018


 

一年の計は元旦にあり  

 

 

 

養源寺では平成三十年一月一日(元旦)から一月三日の三ヶ日の間、本堂内正面左側に安置されている「大黒さま」の御前(おんまえ)にて新春(しんしゅん)特別(とくべつ)祈祷(きとう)を執り行います。本年は約二百名の方が新春祈祷にお参りに来られ、ご祈祷(きとう)を受けた方からは「来てよかった、とてもスッキリした」という言葉を多く頂戴しました。

 

日蓮宗のご祈祷は大聖人自らが伊豆に流罪(るざい)されたときに、当時(とうじ)地頭(じとう)でありました伊東(いとう)八郎(はちろう)左右(ざえ)衛門(もん)が大病を(わずら)い、大聖人のご祈祷によってその病が()えたことに由来しています。

 

大聖人の祈祷法(きとうほう)(法華経(ほけきょう)(ちゅう)より効験あらたかな箇所を抜粋・集約したもの)はご自身自らが考案されたものですが、大聖人ご入滅(にゅうめつ)後、祈祷法(きとうほう)はお弟子の方々によって何通りかに分類されていきました。

 

山梨県身延(みのぶ)にある本遠寺(ほんのんじ)の住職であった心性院(しんしょういん)(にち)遠聖人(おんしょうにん)は日蓮宗の歴史上でも極めて名高い高僧で、この大聖人のご祈祷法を生涯かけて丁寧に体系づけられました。現在でもこのご祈祷法は日蓮宗(にちれんしゅう)大荒行堂(だいあらぎょうどう)()いて継承されており、一百日(いっぴゃくにち)の厳しい修行を受ける僧侶だけに相伝(そうでん)されています。

 

当時、(にち)遠聖人(おんしょうにん)が住職であられた本遠寺(ほんのんじ)は、徳川家康側室(そくしつ)(よう)珠院(じゅいん)(まん)(かた)が寄進されたお寺で、(お万の方は日蓮宗の大信者(だいしんじゃ)徳川(とくがわ)御三家(ごさんけ)の紀州徳川家・水戸徳川家の初代藩主を出産されました)養源寺の開山である(えん)是院(ぜいん)(にち)耀(よう)聖人(しょうにん)は修行時代にこの(にち)遠聖人(おんしょうにん)を師匠と仰ぎ、日遠聖人より様々な学問と祈祷法を学ばれました。日遠聖人より全幅の信頼を置かれていた(にち)耀(よう)聖人(しょうにん)は、当時の日蓮宗最高(さいこう)学府(がくふ)であった飯高(いいだか)(だん)(りん)(現在の立正大学)の()(しゅ)(学長)に推挙(すいきょ)され、(だん)(りん)の発展や後継の育成に尽力(じんりょく)されました。その後、日耀聖人は池上本門寺第十八代目の貫首(かんじゅ)として迎えられ、大聖人のご真蹟(しんせき)の修復や日蓮宗の改革に多大なる功績を残されました。そうした中で陰ながら日耀聖人を支えてこられたのがお万の方であり、彼女の純粋な信仰心に引きよせられたのが、松江藩初代藩主松平直政(徳川家康の孫)の側室・養源院(ようげんいん)なのであります。養源院様はこの時ご息女を懐妊されており、日耀聖人やお万の方と相談の上、松平家の平安祈願のために養源寺を建立されたと推測されます。ご息女(つる)(ひめ)様は祈願の甲斐あって、その後も健やかに成長され、その血縁は現在でも途切れることなく続いています。

 

養源寺にはこうした武家(ぶけ)とのご縁や様々な歴史的背景がありますが、こうしたこともすべて法華経の広宣(こうせん)流布(るふ)に生涯をかけられた日蓮大聖人の存在は勿論のこと、大聖人の意志とご祈祷に対する(あつ)い想いを正しく継承れた日遠聖人や日耀聖人が、尊い布教(ふきょう)活動(かつどう)された賜であると感じています。

 

また、養源寺は本門寺大黒堂が戦災で焼失するまで、その堂守りを任されており、その縁で数多くの信徒が養源寺の檀家になられたと聞いています。そうした目には見えないご縁の中、養源寺には二年前から立派な大黒様が安置され、参詣者は日本各地だけではなく、海外からも多く訪れています。

 

日蓮宗のご祈祷は、受ける方の心の(やみ)を切りさき、浄化(じょうか)された心の器に法華経の光(経力(きょうりき))を注ぎ込みます。浄化された体は良縁(りょうえん)を引き入れ、悪縁(あくえん)を断ち切り、間接的ではなく、直接的にその人自身に幸せを導き入れます。

 

正月(しょうがつ)(たい)(さい)三ケ日は特別にお一人様ワンコイン(五百円)でご祈祷を受けることができ、大黒様から幸せの五円玉(福銭)を授かることができます。年初めに去年の闇を断ち切り、新たなエネルギーを注入してもらい、平成三十年度も元気に過ごせるよう、ご家族・ご友人等、お誘いあわせの上ご参詣ください。

 

お会式のご案内 2017


 

皆さんは本門寺の境内に立つ天にも届きそうな巨大な(かく)塔婆(とうば)をご覧になったことはありますか? 本門寺には年間通して大きな行事が三つありますが、その中で一番華やかといわれる行事がお会式です。超特大の塔婆は大きな行事が催されるごとに書き改められ、多くの参詣者はその塔婆に巻かれている白いお手綱(てづな)をつかみながら大堂まで歩いていきます。このお手綱は大堂(だいどう)内陣(ないじん)へ続き、途中から五色(地、水、火、風、空)の紐と結ばれ、お祖師様の左手へ繋がっていきます。普段お参りされている方は大聖人のご尊顔を拝することしかできませんが、本門寺の三大行事のときだけ、大聖人の御手から直接大いなる慈悲を受けることができます。

 

日蓮大聖人は「大難四ヶ(だいなんしか)()小難数(しょうなんかず)()れず」と言われたように、生命にかかわるほどの大難を四度もかいくぐりながら法華経の信仰を弘められましたが、それは決して自らの主張を誇るためではなく、ひとえに地上のあらゆる人々を成仏せしめんとする限りない大慈悲心からでありました。

 

法華経は机上で読むだけの書ではありません。仮に法華経の28(ぽん)を全て暗記・暗唱できたとしても、その教えを身に行うことがなければ法華経をいかすことはできません。(はし)が毎日おいしいご馳走をつまみながらも、ついにその味を知ることができないのと同じです。法華経を体得された大聖人が繰り返し「法華経の行者」と言われたのは、自身が体得された法華経の教えを身をもって実践することで、社会と人心の平和実現を目指されていたからです。

お会式は日蓮大聖人のご命日に報恩感謝の誠を捧げる法要で、本年で736回目を迎えます。大正年間に本門寺参詣のために整備された池上駅は現在新しい駅ビルとして生まれかわる計画が進んでいます。2020年には東京オリンピックが開催され池上にも多くの外国人が来られることでしょう。更には、2030年に日蓮大聖人(めつ)(750年がこの池上で盛大に催される予定です。池上はこれから急速に発展を遂げていくと思いますが、それらもすべて大聖人が池上の地を訪れ、池上氏が深く法華経や日蓮聖人の教えに帰依した経緯があることを忘れてはなりません。私たちはこういった素晴らしいご縁と恩恵に感謝し、次の世代を担う子供たちのために、何か自分にできること考えなければなりません。お会式はただのお祭りではなく、そうした大聖人の歴史を再確認するとともに、お祖師様の優しいお心を感じることができる大事な時間です。どうぞお会式期間中には本門寺にもお参りされ、その手でお手綱を握りお祖師様の大慈悲を感じ取られてみてください。もしかすると、お祖師様から何かメッセージを受け取れるかもしれません。

秋のお彼岸のご案内 2017


暑い夏も通り過ぎ、秋の気配を感じる今日この頃。お檀家・ご信徒の方々におかれましては日々のお寺へのご丹精等、まことに有難うございます。今年のお盆のお経参りは昨年と比べ、倍近い件数のお宅を訪問させて頂きました。お盆のお経まわりはご先祖様へのご挨拶と、お寺とお檀家をつなぐ大事なコミュニケーションの時間でもあります。次年度も元気にまわらせて頂きますので、ご協力の程、よろしくお願いいたします。

最近のメディアでは連日のようにミサイルの発射や核開発、紛争等々のニュースを耳にします。そうした国際的な緊張感の中で、慢性的な紛争のニュースを目にする方の中には「宗教があるから戦争が起きる」と考える方もおられるかと思います。確かに中東の内戦やキリスト教・イスラム教の紛争は終わりが見えない争いです。

ですが、仮に宗教そのものがこの世から無くなってしまったら私たちの日々の生活はどのようになってしまうのでしょうか?これには色々な意見や解釈があると思います。しかし、宗教という、人智を越えた絶対神、あるいは真理に畏敬の念を持ち、その存在、教えに自分自身を照らして生きるという生き方の規範が無くることで、さまざまな主義の合一が難しくなり、個人レベルでの争いが増加する懸念があります。そして、一番問題になることは、合理的で、結果が全てを優先する世界となり、人間や人種の差別がより一層増加することは間違いないということです。

「宗教など必要ない」と、言葉で言うことは容易いですが、宇宙が誕生して以来、今自然界に存在しているすべての生命体は、ありとあらゆるご縁が、果てしない時間をかけて育まれた結果です。これを「あたりまえ」と思うか「ありがたい」と感じるかは個人差のようでありますが、実はそこにこそ宗教性の有無が問われているよ

 

うに思います。私たちが日々安心して、健康で暮らせることの多くは、こうした目には見えない何らかのご縁が、日々の私たちの生活を守ってくださっているのです。

 

江戸時代後期の経世家、農政家、思想家ださった二宮(にのみや)(たか)(のり)(金次郎)は「(おと)もなく()もなく常に天地(あめつち)は書かざる(きょう)をくりかへしつつ」とうたっており、キリスト教思想家であった内村(うちむら)(かん)(ぞう)は二宮尊徳を「彼は宇宙の根本法則を体得していることを自ら知っていた」と称賛しています。

 

地球上に住む私たちは、各生命体の代表として、弱き生命体を守り、母なる地球を大切にするという使命があると法華経は説いています。私利私欲で核やミサイルをつくり、その脅威をちらつかせる行為は決して許されることではありません。そうしたことがこれ以上拡大されない為にも、私たちはお釈迦様が説かれた最上の教えである法華経と、それを世界へ弘めるきっかけをつくられた日蓮聖人の純粋なこころを学び、一人でも多くの人にそれを伝えることができれば、世の中は今よりももっと明るく、良い方向へ進んでいくことは間違いありません。

お盆のお話し 2017


 

お釈迦様が説かれた究極の教え「縁起(えんぎ)」とはどんなに科学や社会が発展しても決して変わることのない永遠不変の教えです。物事には必ず原因と結果があり、悪い原因を起こせば悪い結果が生まれ、良い原因をつくれば良い結果を得ることができます。これは人だけに限らず、宇宙に存在するありとあらゆるものすべてに縁起の法則が当てはまるのです。私たちが今ここに存在している(結果)のはどのような理由があるにせよ、父母が自分を産み、育ててくれた(原因)という事実は変わることはありません。

親が亡くなる時に一番の心残りは子どものことだそうです。息を引きとる最も苦しいせつない状態にあってもわが子の行く末を案じ、浄土へ行っても父母の魂はわが子を見守り続けているのです。ですから、子がそれまでの恩恵を感じ、父母やご先祖の霊に対し真心のお盆のご供養をされたのであれば供養された方々はどんなに喜ぶか計り知れません。

父母やご先祖さまに対し心からの供養(良い原因)をつくることで、後日家庭や学校、職場おいてもその功徳(結果)を得ることができるのです。

私たちはつい自分だけの力で「生きている」と勘違いをしてしまいがちですが、実は目には見えない、かけがえのないたくさんの縁によって「生かされて」いるわけです。しかし、日々忙しい中でそうしたことを考える余裕はあまりありませんが、現在の日本が形成された(結果)のは多くの先人の方々の知恵と行動(原因)のたまものであり、私たちはその方々に対し、常に感謝の気持ちを持ち続ける必要があります。そこで普段伝えることのできない感謝の気持ちを唯一表現できる時間が「お盆のお経まわりの週間」なのです。日本は昔からお盆の行事を大切にする国で、お盆期間中は多くの会社が休みとなり、家族は里帰りをして親戚やご先祖さまとの楽しい時間を過ごします。家族が集まると自宅には僧侶が招かれ、一緒にお経を唱えご先祖様に感謝の気持ちを伝えます。その後、家の外でご先祖様を送るおくり火を行い、最後にみんなでお墓参りをしてお盆の一連の行事は終了します。考えてみれば、最近のお葬式や法事、結婚式でも親戚同士が一堂に会する機会が少なくなりました。それが良いことなのか、悪いことなのかは個人差にもよりますが、ご先祖様は少し寂しい気持ちでいらっしゃるのではないでしょうか?そうした中でも、せめてお盆の期間中くらいは家族で集まり、僧侶を招いて一緒にお経を唱え「今生かされてる有難さ」を再確認することができれば、それがご先祖様に対して何よりの供養となるわけです。供養という原因をつくられたご家族は、それが次の世代を担うお子様やお孫さんに継承され、長期にわたる家内安全と家族の繁栄が結果として継続されていくのです。

養源寺ではお施餓鬼が行われる7月7日をお盆の入りとし、送り火の十六日までの間、檀家・信者さんのお宅を訪問し、一緒にお経を上げ供養させて頂いております。

「供養して何がかわるのだろうか?」と多く方はそういった疑問を持たれていると思いますが、日蓮聖人が信徒さんへ送られたお手紙の中に「わが身は天よりもふらず、地よりも出でず、父母の肉身をわけたる身なり」と記されています。親が子を思うように、子として親を思わないものはありません。親が貧しかったり、苦労したりしたことを知る人にとっては、自分の境遇を思うにつけ、こんなにおいしいご馳走を親にも食べさせたかった、こんな美しい眺めを親にも一度見せたかったと、口には出さなくとも、心でしみじみ思う人は決して少なくはないでしょう。

養源寺では何よりも「供養する」ことを第一に考え、共働きの方にもお盆のお経参りを勧めています。

養源寺では檀家の方、そうでない方のお宅にも随時訪問しご供養の方法、相談、一緒にお経を上げさせて頂いています。

世代も変わり仏事の分からないことも多々あるかと思います。

この機会にお気軽にご相談ください。